2008-12-29(Mon)

カワサキ初の原付クラス 本格ロードスポーツ

先日の走り納めツーリングに急遽乗って行こうと思って表に引っぱり出したは良いが、あまりに放置していた為にエンジン始動に至らず終いで結果ツーリングにはダブワンで参加した。
ツーリングからは早めに帰って来たので、現状を把握するためプラグを外してみたら… なんとクランク室にはオイルが溢れていた(汗)
また乗り出すのは先送りにして、今回は埃を払ったついでにこんな機会でないと画像に納めることもないのでパチリ!!



昭和56年型カワサキAR80 だが、ノーマルの風貌からは そこそこモディファイしている。
カワサキ初と言える 50cc原付が いきなりロードスポーツ車となった AR50 で、その姉妹車でのデビューとなるのが AR80 であった。

同じ頃に他社で発売された50ccクラスは揃って水冷エンジンを採用しカワサキだけが空冷を通したが為に、ホンダMBX50 やヤマハRZ50 の様に継続的な人気を得ることはなかった。
そんな中でも 元々80ccクラスの人気はあるハズもないので発売台数も少なく “希少車” と言うより “珍車” の部類に近いかも?(笑)



現車は、外見を中心にモディファイするが、機関部は三国製フラットバルブキャブ、リードバルブにヘッドをオフロードレーサーの KX80 のモノに換装、城北村上のチャンバー等のお手軽ボルトオンパーツで武装し、メーターでは130キロくらいは読めた感じ。
エンジンカバーは両サイドにアルミ鋳物のキジマ製を装着してる。

シートは当時流行の TZタイプ を装着し、テールランプ類は小径の埋め込みタイプとした。
リアサスにはカヤバのガスショックを奢り、ハンドルは元々セパレートタイプであるが、より角度が着いた当時の社外品に変更。フロントフォークにはデイトナのスタビライザーを装着。 フロントブレーキはステンレスメッシュホースにし、ローターにはスリット加工を施す。 



燃料タンクは塗装前提に、その時所有していた数個のタンクの中から一番酷い状態のモノをベースにしたが、内部の錆をサンドブラスト処理し易いようにキャップの開口部を拡大し同時にエアプレーン仕様にした。
酷い状態のタンクは、サンドブラスト時に何ヶ所もの穴を開けるに至ったが、ハンダで処理し事なきを得る。
しかし、結局その時使わなかった他のタンクは今でも使っていない為に、なにも一番酷いのを採用することなかったと少々悔やむ(汗)



因みに外装色は、ラメ入りのキャンディーレッドを基本としてるが、しつこさを押さえる意味でラメは控えめに入れてある(笑)
マッククレーンのバックステップは今でも入手出来るのであろうか? アフターパーツ製品としては長寿品であろう。

この車輌に最後に乗ったのは、グルッポR.S. の市区町村ナンバーツーリングで 軽井沢 ~ 浅間 ~ 女神湖 に行った時か?
やはりグルッポR.S. 主催の筑波サーキットの走行会か? それともたった一回参加したARオーナーズクラブの筑波ツーリングか??
どれも一昨年に行われた行事であったが、それまでは結構 海に山にサーキットに乗っていった記憶が蘇る。
来年こそは、また走るようにメンテして使ってやらねば!(笑) 
 

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2008-12-26(Fri)

ピカピカには興味がない親子の野望

かつて親父さんが所有し、事情により手放したダブワンを10数年振りに巡りめぐって息子さんが乗る事となった記事を書いたのはそれ程前の話ではない。
それを切欠に親父さんの方は、
以前から所有していたメグロ500スタミナK1の車検を久々に取得し、親子でメグロからのツインの系譜を継承してるのだが、今月初頭のある日 その親子から とある相談を持ち掛けられた。

兄弟車を親子揃って乗って来られたのは始めてであるが、お互いの車輌は基本的な部分で未再生原型を留めたワタシ好みの理想なコンディションである。
所有者親子にとっても このコンディションは理想的であるのは、もちろんの事だ!(笑)



そんな親父さんが500ccのメグロで息子さんの駆る650ccに着いて行くのは少々しんどいらしい。
ある時 息子さんがダブワンの調子を診て欲しいと 親父さんに試運転をしてもたっら時に事が起こった!

試運転でのダブワンの状況は特に問題ないとのことだったが、ダブワンを最後に乗ったのは遠い記憶の中だったので、実質 今メインで乗ってるメグロ500との比較試乗となってしまった試運転は、ダブワンの力強さを再認識する事となった。 
そぉとなると居ても絶っても居られない性分で、早速車輌の物色を始める!(汗) しかし昔からダブワン所有するならタイコウインカーが装着されるモデルまでに絞っていたので、そぉ簡単に手頃な個体は見つからない。  



息子さんは、今所有してるW1を入手以前からネットオークションをリサーチして W1 ~ W1S(初期型)までの出品状況とコンディション及び価格推移に詳しくなってる。
そんなある日、手頃なスタート価格と競り上がり状況を踏まえて親父さんに紹介し、その後揃ってワタシに競り落として欲しいとの相談に来たのだ。
 
本来は代理入札など受けたくないのだが、親父さんの攻めに負けて受けることとした(汗)
受けたからには出来るだけ現状を把握するために、出品者に簡潔で的確な質問などして、返答の内容や対応状況も踏まえて慎重に入札の検討材料にする。



当初の予測落札額を超えるまで競り上がってしまったので、希望予算をオーバーした頃から親父さんと電話で確認相談しながらの入札となった。
結果30分以上の落札時間自動延長と共に大きく予算を上回るまで競り上げての落札だったが、今回を逃すと次 好みの状態の車輌が手に入るか分からないので奮発したのだ(汗)
 
そんな落札後のメールやりとりから決済や受け取りまでの全てを任され、先日車輌の引き取りはオーナーとなる親父さんと一緒にターミナルデポまで行くこととなった。

薄暗がりの中 ご対面する現車を目の当たりにして、分かってはいたものの程度の悪さには少々落胆した。
しかし、慣れとは怖いモノで 本来求めていた状態に近いと言うか、ダブワンによくある部品のミックス度合いは比較的少ないことに安堵の表情も伺わす。


 
細かく舐め回す前にトランポに積み込み目指すは自宅ガレージ!!
その前に、人一倍心配していた息子さんに連絡をし、ガレージ近くで報告及び再度現車確認。
 
その後ガレージに納めて本日は終了とした予定が、やはりはやる気持ちにブレーキは効かない。
ガレージに納めるや否やプラグレンチを取り出し外しに掛かる…(汗) ワタシはこの先 深夜まで続きそうな気配なので2本のプラグを外した頃に帰る事とするが、この続きも何かとサポートすることとなろう(^^;
 
画してメグロからダブワンのツインキャブ初期までのノンレストア状態車輌を手中に収めた親子の野望(コレクション)はこれで終演となるのであろうか??(笑)
 

2008-12-24(Wed)

こだわろうとしない乗り方

先日グルッポR.S.のクリスマスパーティーでディスプレーを頼まれたパリラの紹介の続き。

東京神田の外国車輸入商の老舗 山田輪盛館で昭和34年に輸入されたイタリアのパリラ175グランスポーツだが、その中でも前期型のフレームを持つこの車輌はワタシのお気に入りでもある。
出会いは25年ほど前 隣街に住む前オーナーの自宅で最初に見た時からパリラの所有欲は高まって行った。
さすがに その車輌その物を手放されるとは思ってなかったが、一番身近で見ていた車輌なので結果的に良かったのかとも思った。



入手当時から外見に手を加えていないので、それが前オーナーの手によって今の姿になってることも分かるだろう。

各部のオリジナル度が低いのには訳があって、実は前オーナー所有時に不運にも火事に見舞われ、全損は免れたがかなりの痛手を負ったのだ。
 
シートはベースを何処かの看板を曲げて作ったり、本来アルミ製のステアリングダンパーノブはヤマハの樹脂製のモノが装着されてるが現在はダミー状態。



テールユニットは恐らくスズキセルペットのモノを、リムはアルミのH型を使用してるが大同製になってる(笑)
マフラーはダンストール製が使われてたりと とにかくミックスされまくってる!
 
それらは承知で入手したものだし、仮にそれを気に入らないとなると 今後手に入れる事も出来なくなるだろ~と拒む選択肢は持ち合わせてなかった。

しかし奇遇にも、この車輌を入手した同じ年に やはり同じヤマリン経由で入った兄弟車を手放すとの話も入り東京の下町まで見に行ったのだが、残念ながら懐が寂しかった為に見送った経緯があった。
良い話だったが、タイミングが悪すぎた(汗)



エンジンに至っては基本的なモノは難を免れた様だが、発電系はホンダベンリーのモノを流用したようだ。
キャブレターはヤマハYC175のモノを使ったと言われた記憶はあるが、いずれにせよデロルトではなくアマル三国製である(^^;
 
と、書き並べただけでも如何にオリジナル度が低いかが分かるかと思われるが、ワタシ自身オリジナル尊重派ではない為に徹底的に戻そうとも思っていないのだ。
塗装やメッキの一部や入手し易い部分だけでも自己満足出来る範囲で手を入れてやりたいとは思っていたのだが… 最後に走らせた記憶は15年も前になってしまってるし、予備パーツやオリジナルパーツを意欲的に手中に収めようと思っていたのも既に10年近く過去の事になってしまってる。



装着されてる回転計は文字盤が焼けたのか味気なく書き直されてるし、不動の状態であった。
そこで入手したのはリプロ品であろうか? 同じクロノスミスのパリラのロゴ入り Dハウジング。

速度計に至っては文字盤が… だけではなく丸ごと交換されていた(汗)
元々回転計に隠れてオマケにしか見えない速度計であるが… 



その速度計は、なかなかのモノで 大きさといい <HONDA MOTOR> の文字と120km/h まで表示する目盛りでピン!と来た♪
とは言ってもあまり他方で見た記憶もないが、少ないワタシの頭の中のデータから それは カブレーシングCR110のモノと判断したのだ!(思い過ごしかも知れないが…)

因みに手に持つ方は、同じ大きさで同じ頃の 50ccスポーツ車であるスポーツカブC110 用の速度計になるが、そのスポーツモデルの速度表示では間に合わない車種となると これしかあるまい。
そのストリートバージョンの速度計をパリラのオマケの様な存在にしてるのは実に良い感じである♪
 
この車輌を将来 仕上げ直す時でも、時代的にも離れていないこの速度計は、おそらく このままセットすることになろう! どうせ全てがオリジナルでもないし、それを望んでもいないのだから(笑)
 

2008-12-23(Tue)

2008年走り納めツーリング

今年も残すところ あと一週間余り、先週の木曜日くらいに暖かい気候になれば まだ走り納めには早いかもしれないが “北関東W1” としてのツーリングは今回で納めとする。

前回の霞ヶ浦予科練ツーリングも寒気に包まれ最低気温が氷点下になった日の寒いツーリングであったが、先日から天気予報で聞かされた本日の予報も最低気温-3℃、最高気温7℃とのことで前回よりも冷え込みはキビシイ(汗)
寒いのが苦手なワタシはハッキリ言って不参加表明したかったが、コース&日程を決めた
しょろヨンさんは、ワタシの予定も組み入れてのスケジュールだったので、悪天候でない限り参加せざるを得ない状況…。



昨夜まで雨音が聞こえてた空は見事な冬空で快晴になってしまった。 こんな時は天気予報も当たるもんですね~(苦笑)
しかし、影が長い季節となったもんだなぁ~、 でも冬至も過ぎたので寒さはこれからだが、日は長くなる一方だ♪

実は、今回の参加車輌は このダブワンではなく 久々にカワサキAR80で行こうと思った!
しかし思い立ったのは昨晩寝る頃だったので、久々に走らせる為の準備など全くしてなかったのだ。
出発前に普通にキックスタートで始動を試みるが ダメだったので、今度は押し掛けをトライするが、息が切れるばかりで断念する。
思えば2年近く始動させてなかった気がするので、簡単に掛けようなんて甘い考えであった(爆)



そんな、AR80参加計画はあえなく玉砕されダブワンでの参加となったが、それに掛かった時間が集合場所に向かうのを遅れさせてしまった。
また今回も到着は最後であった(汗)
 
参加者全員集まった所で、毎度の事ながら しょろヨンさんの軽い挨拶から始まる!!
今回は、寒いのでコースも短めとしノンビリ走りましょ~! と、寒くなる前に帰宅しましょ~!! って事で出発!!! 



第一休憩ポイントへのルートは、今年だけでも何度か通ったか… 真岡を抜けて笠間を経由しビーフラインへ向かう!
陽が当たらないカーブは、万が一アイスバーンになっていては!? と思うとあまり調子に乗って飛ばせない。
…と、結果そこまで心配するほどでもなかったが、心配するに越したことはないだろ~(笑)



で、第一ポイントは、ビーフライン沿いにある物産店だ。
ここに着くまでにもメチャクチャ身体は冷え込んでしまった。そんな時に温かいキノコ汁など食べてる同行者の約2名が居たが、ワタシはキノコは少々苦手だったので止めておいた。
もし、けんちん汁だったら速攻で頂いたであろ~(笑)

そんな本日の参加車は、W1S-A が珍しく最多で3台、次に W1S が2台 あとはホンダCB750 とカワサキのZRX が各1台の全7台であった。 



物産店からのルートは、更にビーフラインを進み 道の駅かつら を経由し茂木に行く… その間に適当な昼食場所を探して飯にする! って感じであったが、余りにも寒いのと何処かに予約でもしてる訳じゃないので、得意のショートカットを提案した(笑)
 
寒さの中を走る分、何処か暖をとれる場所で談笑にふけってる方が良いと思って 近場の良い場所を募って即決定!!
そんなツインリンクの直ぐそばに有る やはり物産店内にある手打ち蕎麦屋で早めの食事とした♪

しばらくは蕎麦屋に居たが、昼時ともあり客が多くなった頃に場所を変える為に帰宅方面に移動~ 真岡の井頭公園へ向かう!


 
それまで無風に近かったのも午後になり若干だが風が出てきた。
風が無くても寒いのに、これじゃたまらんし、今週末の忘年会ではまた顔を合わせることもあり小休止して解散することにした。
 
帰宅出来たのは3時前で、走行距離は140キロ程度であったが、今の時期に何台かで走るには丁度良い感じ♪
 
前回のツーリングよりは、ロングのグローブとフェイスマスクを用意したので少しはマシであったが、防寒のジャケットではなかったので、まだ寒さをナメてると言われてしまった(笑)
とりあえず今年も無事故無違反(無検挙)で怪我もなく走れたことは、良かった良かった♪
 

2008-12-21(Sun)

単車乗りとその家族の為のクリスマスパーティー

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2008-12-20(Sat)

イタリアングレイハウンド

昨夜更新した コブラマフラーの記事の文末にも触れたが、今夜はグルッポR.S.恒例のクリスマスパーティーが成田の某ホテルで行われる。
宴会場を借り切るパーティーの片隅にバイク仲間である証拠に毎回車輌のディスプレーをしてるのだが、今回はそんな車輌の提供を頼まれてしまった。
昨年のパーティーの模様は下記のトラックバック先をご覧あれ!



今回グルッポの大御所からご指名された車輌は、かつて やはりグルッポの恒例イベントであるスプリングランに於いて鹿野山まで走らせた事があったが、それ以来イベントなどに参加させたことが無くなり お蔵入りとした車輌である。
思い返せば、早15年の年月が経っていたのは我ながら驚き!!
 
因みに鹿野山で行われたスプリングランは、その年(平成5年)のライダースクラブ誌にも掲載されてる。



極東の地で、埃を被り倉庫から引っぱり出されたグレイハウンドは、明日のプチ晴れ舞台の為に少しだけリフレッシュされる。
いきなりだが埃の上からアーマオールをたっぷりと吹きつけ馴染ませる。
それは、塗膜面からメッキ面からゴム部品に至るまで全てに吹き付ける。 何年もの間 油分が切れ 枯れ果てたモノへ一気に吸い込ませ、馴染んだ所でタオルで拭きあげる。
 
そんな油分が切れるまで放置しない方が良いに決まってるのだが、入手当時から遣れた感じであったので後々全面的にリメイクしようと思ってたので それが放置の原因となってるのだ(汗)
 


一通り 潤いを取り戻した車輌は往年の姿を取り戻した。
まぁ~ 埃を被っていても艶っぽいスタイルの持ち主なのは間違いないが…(笑)

それは、昭和34年型イタリア生まれのパリラ175グランスポーツである♪
イタリアングレイハウンドを あしらったロゴデザインの持ち主だ!
当時、パリラの正規輸入代理店である山田輪盛館で販売された数台の内の一台がこの車輌であった。
 

 
日本国内でのスポーツモデルと言えば、ヤマハがYDSをホンダがCB92を発売した年になるが、方やメグロや陸王、ライラック、トーハツなどもまだバリバリ現役でもあった。
そんな時代にシングルで華奢な骨格を持ちタイトなポジションを要求されるこのイタリアンに見とれない単車乗りは居なかったであろう。
 
細かな事は後日改めて書くとして、これがホテルのフロアに置かれるとまた違った映りになることだろうなぁ~♪
 

2008-12-19(Fri)

興味深い不良品(組み付け編)

昨日は、不良品となってるホンダベンリーSL125のコブラマフラーの内部を把握する為に分解作業をした記事を書いたが、今回はその続きとなる。
その不具合に対処し組み付け作業からペイントを施し完成まで。



対処法としては、簡単単純に通気口を確保してあげれば良い♪
管の脇に穴を開けるのも良いが、固定されてる状況では一周ぐるりと開けられないので、潰した先端をカットしてやった。

おそらく製作途中の行程で先を潰したのであろうし、先端を塞いでパイプ一周に穴を開けるなら潰す塞ぎ方はしないであろうから、この様な対処法で良いと判断した。

ここまで来れば、作業も折り返しとなり組立作業となる。



次は、削り飛ばした縁をまんべんなく溶接して行く。
当然だが、溶接の熱で塗膜は焼けてペリペリ剥がれてしまうので、塗装まで行わざるをえない。
メッキをすることを考えれば低予算で済むのは人ごとながらでも嬉しい♪
 


てことで、出入り口を簡単にガムテープで養生したら、サンドブラスト処理を行う。
今回のマフラーは、半艶仕上げで仕上げるのでサフェーサーは入れない代わりにサンドブラストで塗料の食い付きを良くしておく意味もある。
 


極端な高温にはならない箇所なので塗料は耐熱タイプの必要もない。
2液ウレタンの黒にフラットベースを20%弱入れ半艶仕上げにする。
 
画像は塗装直後なため、オフ車に似つかわしくない黒光りしてる(笑)


 
昨日塗装したばかりの艶は良い感じに退けて 半艶状態に落ち着く。
車輌に装着し使い込まれて行けば更に馴染んで行くだろうが、SATOHさんのSL90は既にヤレヤレな状態なので それに追いつくには差が有りすぎるかも知れない(汗)
それを計算に入れるならもっとフラットベースの割合を多くすれば良かったかも…(笑)
 
明日は、そんなSATOHさんも参加する グルッポR.S.恒例のクリスマスパーティーが行われるので、それに参加がてら納品とする。
話は逸れるが、ホテルのフロアを借り切りパーティーを行うが、その片隅に展示させる車輌を頼まれてしまった。
既に10年くらいは お披露目してないイタ車をご指名されてるので、倉庫から引っ張り出さねばならない…(汗)
明日のパーティー前に此処で、そんな車輌を紹介出来ればと思う。

 

 


2008-12-18(Thu)

興味深い不良品(分解編)

11月のある日、グルッポR.S. で知り合ったSATOHさんから電話を頂いた。
内容は、かねてから乗られてる昭和45年型ホンダベンリーSL90に使用予定のマフラーを修理して欲しいとのことだった。
 
なんでもネットオークションで落札したのだが、使用できないほどの不具合があるのだと言う。
その件は出品時に確認できてるので、承知の上で落札したのだが、その不具合の状況は半信半疑であったとのこと。
事情を聞くとワタシ自身も興味が湧くような内容であった。 



それで、送られて来たのは画像の通りの品。
SL125用の新品未使用品で 外見上は何ら問題ない感じであるが、不具合の箇所は内部にあるとのことだ。

20年くらい以前に、ベンリースーパースポーツCB92のマフラーが、まだ普通に純正部品として供給された頃に 内部の隔壁を止めるスポットがしっかり着いてなくて、装着後短い期間で隔壁が分離してカラカラと盛大なノイズを発生したりと出来の悪いマフラーも目の当たりにしたことがあった。
しかし、それらは装着して走り出した後に起こる不具合であるが、今回のは走り出せないとのこと…(汗)


 
SATOHさんは、グルッポR.S.主催の今年のスーパーラウンドラリーにもコブラマフラーの愛称を持つSL90(参加車中最小排気量)を駆りホンダの小排気量4ストシングルの底力を見せつけていた。

あえて東北の県道などを好んでルートに入れたツーリングなので、ノーマルの燃料タンクだけでは次のガソリンスタンドまで辿り着くか心配な為にゴリラのタンクをタンデムにセットして容量を稼いだりもしての参加であった(笑)
他にもドリームスーパースポーツCB72等も所有してるのだが、過酷な条件を好んでの参加である。(今年参加時のメンテナンス風景)
 
今回のマフラーは、そんなSL90を125ccに排気量アップする時の為に用意した様だ。


話を本題に戻すが、走り出せない程の不具合とは、なんと!何かが詰まってるとのことである。
まさかそんな!?と依頼者共々半信半疑であったが、試しに排気口から水を入れてみたら… 300ccも入らないくらいで口一杯になってしまった(汗)
 


内部の状況は切らなければならないが、逆に 切らないで何とかならないか? とも考えたが、何かが詰まってるのか?状況が分からない事には対処のしようがない。
との事で、確実性を優先して溶接の繋ぎ目を慎重に削り込み分解することとした。

幸い以前行ったメッキマフラーと違い、後処理が塗装で済むので気が楽であるが、後の溶接処理を考えて最小限に削り込む。



切開完了しマフラーの内部があらわになった状態。
画像の上と下で、出入り口が逆さまな置き方になってしまったが、外側にセットされるのは下側に映る方である。

排気の向きを矢印で表したが、出口の方に向かう赤い矢印には排気の出口が無く行き止まりになってしまってる(汗)


 
排気管の出口を潰した形になってるが、本来は管の側面に穴が空いてるのか?
いずれにしても製作途中であろうこの部分品をマフラー組立段階でも気が付かずに職人が組み付け溶接してしまったのであろう。
何重にも重なったミスで製品化及び流通されてしまったようだ。
 
しかし、この品は出荷間もない頃なら不良品として無償交換の対象であったろうけれど、実際は車輌に装着するまでの期間が長くなってクレーム処理の対象外となってしまったのか??
 
まぁ 兎にも角にもマフラーとして使える様に戻さねば…
 
つづく
 

 

2008-12-15(Mon)

霞ヶ浦予科練ツーリング(後編)

今年一番の冷え込みであったが、好天に恵まれ雲一つない青空の下 北関東W1としてのツーリングは決行された。

前編に続きは、昼食場所を西に向かうと直ぐに霞ヶ浦大橋を渡ることになる。
この橋(前編最後の画像)は1.1キロ程度ではあるが、平成17年11月までは有料道路でありオートバイ(自動二輪)は360円の料金設定であった。

橋を渡り15キロ程走り土浦駅東口を経由して国道125号線に入り程なくして、陸上自衛隊武器学校へと進む。 



“北関東W1”は しょろヨンさんが付けた名前だが、少々勇み足的な名称になってしまってる。
なので、W1と入っていてもワンメイククラブではなく、ましてやクラブ組織でもない。
当然、会長や会員などの上下関係らしいことや面倒な決まり事も無し。 参加する方が同じ様なペースで走る楽しみを得るために同じ様な車種で参加が好ましいとは言えるが、車輌に関して制限もない。

今回もワタシは、ホンダドリームスクランブラーCL72 で参加したのだが、それは “北関東W1” との名称によりダブワン以外での参加は肩身の狭い思いをしてる方が居るかも? と、あえてワタシ自身ダブワンで参加しないでみたのだ(理由はそれだけではないが…)。
今回 初参加の方は3人もいたが、初顔の方は1名だった。 同県内でカワサキ650RS-W3 を30年以上乗り続けてるベテランさんです。
 
参加車輌は、カワサキW1S が3台、W1S-A は2台、650RS-W3 は2台と相変わらずダブワン系が一番多く、続いてホンダCB750Fourが4台、ナナニイ系がCB&CL各1台とSRX / ZRX / ハーレーが各1台であった。



さて、話は戻って自衛隊駐屯地内の予科練記念館に赴くまでに、大東亜戦争時代の大砲や戦車の一連が野外展示されていて古物好きは興味をそそられる。
大砲の一つには1944年に製造された銘板が打たれていたモノもあり、正しく戦時中の兵器であることが分かる。
 
この画像(露出が合ってないが…)の建物は昭和15年に医務科施設として建てられた名残である。
 


今回のツーリング本命の予科練記念館である。 内部での写真撮影は許されてないが、実際入館して展示物に見入ってると とても写真撮影したい心境ではない。
表現力に乏しいワタシが、内容に触れても伝わらないであろうから興味のある方は是非足を運んでみて下さい。
 


自衛隊武器学校だけあって近年の戦車や装甲車なども展示されていた。
時期になると桜の花とのコラボが異様に感じるであろう配置だが、その前で記念撮影をしようかと並んでみるが… 皆、寒さのあまり両手がポケットから出せない。
さすがに撮影のタイミングには手は出してる方が殆どだが、記念写真のど真ん中で両手をズボンに突っ込んだままふんぞり返ってる戦車と保護色の方には敵わない(汗)



日が沈むと一気に冷え込みが増すので、それまでには帰宅したと思い筑波学園都市の東大通りを突き当たりまで北上し国道125号線を経由し予定解散地の道の駅しもつままでを最短ルートで移動する。
 
今回の参加者の多くは、フェイスマスクなどで防護していたが、ワタシは先日の暖かな時間帯に慌ててトランポに積み込んだ装備なので春秋にライディングするようなスタイルになってしまったのだ。 その為人一倍季節を肌身に感じることとなった(苦笑)
ツーリングを共にした皆さまとは、ここでお別れとし今しばらく旅がらSさんとランデブーし道の駅にのみやを目指す。



今回のツーリングの集合場所である道の駅にのみやにトランポを停めておき、ツーリングに必要のない装備をクルマに積んだままとしたために旅がらSさんには同行願うこととなった。
当たり前だが、ワタシと違って寒さ対策の完全武装をし、この後の夕暮れに向かう。
土曜日からの総走行距離は何キロになるのだろうか? おそらく1,000キロ近いだろう。 夏場に走るのとは全く状況が違うだろうから疲労度も違いが大きいと思われるが…。
色々と付き合って頂きまして、ありがとうございます&お疲れさまでした!(笑)


 
道の駅にのみやからクルマに乗り換えたので、そこからは一気に気が緩む(笑)
とは言っても慌てることは何もないのでノンビリ帰宅の途に付くが、にのみやを後にして程なく車窓の遠くに夕日の影となった富士を見ることが出来た♪
あの富士よりも先まで
旅がらSさんはナナハンと対話しながら走って行くんだな~!と思うと、ワタシにはとてもマネできないことであると同時に40年以上前の単車の力強さも再認識した。 
 
 
2008-12-13(Sat)

霞ヶ浦予科練ツーリング(前編)

今年一番の冷え込み予報された7日に これまたタイミング悪くツーリングの日程が組み込まれた。
先日から遊びに来られてる南信州の
旅がらSさんも、折角なので誘ったツーリングであり、やはり昨夜の星ふる里忘年会にも顔を出してその足でツーリングへと合流する。
星ふる里では、所用もありクルマで参加したが、そこにツーリング参加するための単車も積んで集合場所を目指した。

同じく星ふる里忘年会まで楽しんだ がちょさんも見送りのためだけに、朝食抜きで付いてきてくれた(笑)
ワタシ達は星ふる里での朝食も楽しみにしていたので、御前山の出発をギリギリまで遅らせたが、残念ながらタイムリミットオーバー(悲) 
そのツケが廻って集合時間にも2分ほど遅れてしまったが、更にトランポから2台の単車を降ろし出発準備までの時間を含めると15分ほど遅れてしまった(汗) 


 
毎度の事ながら出発時間もアバウトなので、参加予定の面子が揃った時点で出発とする。
長老であり今回も企画推進担当をして頂いた
しょろヨンさんの挨拶を軽く行い道の駅にのみやを後にする。
 
今回のメインは霞ヶ浦畔にある自衛隊武器学校内にある予科練記念館の見学である。
しょろヨンさんは、過去に何度か大東亜戦争にまつわるポイントをツーリングルートに入れることがあり、乗ってる単車も古めだが そんな古さなどたかが知れてるほどの事を思い知らされる。(本当は別の意味が大きいのだが)



道の駅にのみやから南下して程なく真岡鐵道を渡る踏切にさしかかった時に、ディーゼルに回送されて行くSLを見ることが出来た。
特定日に下館と茂木を往復運行するのだが、丁度この日は運行日で 10時37分発の下館駅へ向け車庫から引いて行くようだ。
 
この機関車C12は、それこそ大東亜戦争以前の昭和8年に製造され 生き長らえてきた事になる。
平成6年になって静態保存状態から復活し この真岡鐵道で私たちの目と耳を楽しませてくれてる。
乗ってる単車も古目なので SLファンも居がちだが、その方にとっては絶妙なサプライズとでも言えよう♪
 


さて、ツーリングは先に進み国道50線を斜に横切る頃にチョットしたハプニング。
道案内役で先頭を走る しょろヨンさんと後続の3台が、クルマの切れ目で先に進んで行ったが その後なかなか対向車が途切れない為に進めない。
右折矢印が出て後続が団子になって先行に追いつこうとしたが… 次のT字路近辺に単車の姿はなく、通りを渡った所から向かうであろう方向を見渡しても全く見えない。
後続に残った大多数は、予定のルートを出発前に確認しなかったので右往左往してしまった。

先行とは携帯で確認し程なく合流できたが、後で調べたら向かった方角に間違いなかったが、先行より一本手前の県道を入ってしまった為に見つからなくなってしまったようだ。
それにしても快晴で良かった♪
 


先程はぐれた時には この辺の地理に詳しい地元からの参加の方達は、皆このコンビニで合流する事となっていた為に先頭に立つ しょろヨンさん以外は全く何処を走ってるのかも分からない状態であったのだ。
これ以降は、地元の方々も加わったので心配要らないだろう(笑)
 
とは言っても、この先ならワタシでも大体分かるルートであったので、はぐれても何とか大幅に遅れることもないかと思われたが…。



御影石で有名な真壁の石屋さんを両脇に見ながら県道を石岡市に向かって ひた走る。
石岡から国道355号線に入り昼食場所となる道の駅たまつくりの駐車場へなだれ込む。

科学館などの施設を持つ 霞ヶ浦ふれあいランドのシンボル「虹の塔」を見上げるが、本当にこの日が快晴で且つ風もない穏やかな日で良かった♪
おかげで予報よりも少しだけ気温が上がったようで、11℃くらいにはなったそうだ(笑)



しょろヨンさんの当初の計画では、昼食後には霞ヶ浦を時計回りして予科練記念館に向かうそうだが、その途中に美味い大福屋さんがあるとの事で、そこで小休止するとの話でもあったが…。

それを聞いたワタシは、そんなルートでは予科練記念館に辿り着く頃には閉館間もないし、だいたい日照時間が少ない今の時期では記念館を後にする頃には凍えてしまう可能性大!
ってなことで、予定変更して霞ヶ浦大橋を渡る大幅なショートカットと決めた。 そんな時でも 企画提案したしょろヨンさんは、気軽にルート変更にも対応してくれる。
逆にこんな所で意地張る人ではないのは皆が知ってるのだが(笑)
 
…まだまだ つづく 
 

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Author:☆シルバー
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思いっ切り旧式でもないが、比較的古い物は好き♪ かと言ってアナログ主義でもない 必要以上に高性能を求めない。 ってか高性能は扱えきれないので…。

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