2008-04-30(Wed)

GPレーサーの競演 (前編)

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昨日は予定通り、ツインリンクもてぎで行われた「2008 2&4@グッドオールデイズ EAST」で “市販レーサー・市販車改 241cc以上クラス” のスポーツ走行に参加出来ました♪
参加受付を済ませ、その後 装備と車輌の検査では、ドライブチェンのジョイントがクリップ式な為、そこにワイヤリングしてくれ!との指示に因りその場で作業をし “合格” を頂けました…(汗)

一安心した後にブリーフィングルームにて簡単な走行説明を受けます。
毎回のレースやスポーツ走行の前には必ずフラッグの説明などを受けますが、実際はなかなかそうは行きません。
今回も転倒者が出て黄旗が振られてるのに抜いて行く車輌は数々のレースに参加してるベテランの域の方々が目立ちます。
走行会はレース時のようなペナルティがないので、分かっていて無視するのでしょうね、慣れてる人ほど危険な行為だとの自覚も薄れてるのでしょう(悲)


指定駐車場に着いてから、散策し始めで最初に目に付いたのは、WGPの50ccクラスが設けられた最初の年のメーカーの年間タイトルを スズキに、個人タイトルを E.デグナーにもたらしたGPレーサーである、RM 62 であり、それが個人所有なのも驚いた!!
つい先日の日曜日にエンジンとフレームが合体された様だが、当日は 壊さない様に走らせ観客に本物の存在感をアピールさせた程度であったが、次回のお披露目時には期待できそ~だ♪


こちらも個人所有の一台で 毎度の参加車輌であるが、現存数の極めて少ない市販レーサーであるホンダドリームレーシング CR72も朝からスポーツ走行への整備に余念がない。
しかし、この車輌が実働されるタイミングをかなりの確立で目撃しているが、不調な時が無いくらいに整備されていることには関心させられる。
まるで、CRレーサーとは言え耐久性に優れてるのでは?と錯覚してしまうくらいだ(笑)
燃料タンク上面には L.タベリや谷口尚巳など数人のファクトリーライダーのサインが書かれていた。


他にホンダ・カブレーシングCR110やベンリーレーシングCR93などレーシング及びストリートバージョンも含め個人所有の市販レーサーも各7台前後の参加があり、これだけのCRレーサーを見られる環境に居ると稀少性や有り難みも感じなくなって来てしまう変な怖さもあった(汗)


もちろんホンダ車以外のレーサーも参加されているが、ヤマハでは、空冷2ストツインのAS3をベースにコンプリートで市販された TA125 が目立つ。
実際 “TA125” としてでは車輌規定に年式で及ばないので苦肉の策として “AS3改” としてのエントリーとなってる(笑)
スポーツ走行とは言え、レース形式に付き日章旗を振り下ろしてのスタートで、基本的にグリッドから押し掛けスタートを行うが、西ショートコースのみの使用に付きスタート失敗すると直ぐに一周目が返ってきてしまうため 押し掛けをキャンセルしてピットロードからスタートする方も少なくなかった。


トーハツの50ccレーサー・ランペットCR2 やCA2改や ブリヂストンのレーサーなどの2スト勢も快晴のツインリンクに快音を轟かせていた♪

自分の走行の話などさておいて他の参加車輌のレポートになってしまってるが、その方が魅力もあるので、良いでしょう(笑)

つづく… 
 
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2008-04-28(Mon)

サーキット走行への準備

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明日 ツインリンクもてぎで行われる「2008 2&4@グッドオールデイズ EAST」へのスポーツランへのエントリーに向けて車輌の整備を行った。

しかしまぁ~、催しの前日になってから ようやく準備始めるのって、なんてノンキな性格なんでしょう~♪
ワタシ自身感心してしまう(笑) そんなノンキが祟って出走前の車検に落ちたりしなければ良いが…(汗)
 
参加車輌は毎度の事で「Yキットの公道仕様」な CB72です。

今年の正月にもツインリンクを先導車付きだったが結構なペースで走ったので機関には問題ないと思ってる。
その時は、サイレンサーを抜いただけで後は公道走行仕様のままだったが、今回はレース形式でのスポーツ走行なのでゼッケンを装着したり簡単な車検もある。
 
ライトユニットとウインカーを外し、十数年前に鈴鹿を走った時に付けていたままの番号のゼッケン及びステーを装着した。(後で指定番号に張り替える)
今回はオイルキャッチタンクも装着する事になってるので、タンク装着に良い場所を探しステーを製作してボルトオン!!
オイル交換後に、オイル関連と前後アクスルシャフトやその他諸々の箇所のワイヤリングも行う。

ナンバーを外し、テールブラケットも外し リアの左右のゼッケンを付ける用意をする。
以前使ったゼッケンプレートが行方知れずなので、仕方なくストックして置いた未使用品を降ろすことにした。
ゼッケンステーは日常に付けてるので全く問題ない♪
 
既に大型連休に突入した方が遊びに来たり、こんな時に病院で診察を受ける事になったりで、丸一日の作業は出来なかったが、まぁ何とか日にちが替わる前に準備を終え、トランポに載せて本日の作業を終了できた!
明日は、昨年の同イベントと同じように天気も良さそうだし、他の参加者の気合いの入ったレーサーを見るのも楽しみだ♪
朝も早いのでぼちぼち寝ますか~!!
 
2008-04-27(Sun)

イベントの共存

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今日は、北関東にある各旧車会が協賛して 毎年4月の第三日曜日に行う「北関東旧車会連合会チャリティー部品交換会」に行って来た。
既に23年もの長きに渡り行われて来た 二輪旧車関連のフリーマーケットとしては老舗的存在になるイベントだ。
実は、ワタシも以前所属していた会で20年前のこのイベントの案内事務局の役割を果たした経験もあり身近な存在なのだ。
しかも その時“北関東旧車連合” なんて安直な名称を付けてしまった張本人でもあったりする(大汗)

その後各地で多彩な団体により この手のフリーマーケットは毎月開催されるところもあったり、開催サイクルが短いとマンネリ感もみせる事もあるが、さすがに年に一度の開催だと主催者・出品者・客の立場でもそれぞれに気合いの入り方に違いがあるようにも思える。

逆に、毎月開催する所では、毎月顔を出すことに因り得られる情報や横の繋がりを増やす為に役立つ利点もあるが。

宇都宮旧車会を筆頭に栃木旧車会・鹿沼旧車会・茨城西旧車会・下野旧車会・筑波旧車会・結城624クラブの各旧車会(既に現存しない会もあるが…)が持ち回りで場所の確保などを行い、他の協賛旧車会がサポートして成り立つイベントとなるので、基本的に毎年違った場所での開催となる。
今年は、宇都宮旧車会が幹事となり鬼怒川に掛かる橋の下で行われた。

旧車会主催と言うだけに比較的古めな機種の出品が目立つのが特徴だ。

そもそも、なぜこの時期に開催する事になったのかと言うと、今から25年ほど前の旧車ブームの頃に栃木県近郊で盛り上がり発足した各旧車会や個人のマニアが何かイベントを行いたいと集まり協賛して始まったのが「パイオニアラン・ジャパン(以降 P・R・J)」
その日程を毎年4月の第三日曜日に制定し行われたが、程なく役員の内部分裂によりそれに携わった関係者の殆どは早々と他のイベントの開催に向けることとなる。(個人的には P・R・J には10数年間スタッフとして手伝い盛り上げたが、訳あって 9年ほど前から縁を切った)

その新規イベントが「旧車部品交換会」となった訳で、その日程も当初は P・R・J と同じ日にぶつけるか! との意見もあったが、そんな大人げないことで長く続けることも難しいだろうから一週間ずらしての第四日曜日を基本とした。

しかしなぜか、昨年から P・R・J の開催が、交換会にぶつける形で同じ日程になってるのは気になるが、まさか交換会に来られた旧車好きが大谷に流れるのを期待して!?なんてハズはなかろうが… (苦笑) 
なんせ昨今の参加台数は激減してるとも聞くので… 行く末が不安(トホホッ)
 
2008-04-26(Sat)

リアフェンダーの板金&メッキ(CB750Four)

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以前、フロントフェンダーの板金の記事を書いたが、今回は同じモデルである ホンダドリームCB750Four(K0) 用のリアフェンダー編となる。

ナナハンのリアフェンダーの凹みの多くは、テールブラケットが装着される箇所である。 それは重い車輌を移動させる時などサポートした人が後ろから押し易いテールランプ部を グイッ!っと!! その時に掛かる力が一番弱い箇所のフェンダーパネルを メリッ!!っと遣ってくれる(爆)
 
新車時であれば 新品交換されたであろうが、程なくして使い込まれた車輌なら少しくらい凹んでても気にならない扱われ方となったが、そんな行く末には まさか現代の様な高級車扱いされるとも思わなかったろ~が、しかしそ~なるとなったで 凹みも気になる。
しかもCB750Fourのフェンダーは各型式に因っても若干の違いを見せるので、そんな所を気にする方々は修理したくもなる。

今回のフェンダーは、ブラケット装着部の凹みもさながら 全面に広がる点錆が気になる。
しかも その錆び一つ一つが少々深い(爆) 但し、腐食の件で一番懸念される内側からの錆が比較的少なかったのは幸いだ。

裏側からの腐食が少なかった理由に、チェンで飛ばされた様なオイルが 全体にこびり付いていた為に助かった。

裏側の腐食の場合、重ね合わせたパネルの隙間から入る泥水等で まるで雑草がアスファルトを押し揚げて生える様に パネルの中側から腐食させ、その内部腐食に再メッキの為の酸等薬品が混入すると、やがてパネル自体の割れに起因するからだ。
(薬品は もちろん中和させるが、隙間に入ったものを完璧に処理出来ない場合が多い)

先ずは、折角残ってる K0 ならではのタイヤコーションを剥がし、裏側のコーティングされた様に こびり付いたオイルをサンドブラストで落とす。

それから板金作業に入るが、ブラケットで押された箇所は 凹みの大きい場合 裏側の配線トンネルの方まで行ってるので、そのトンネルが邪魔して叩きづらくなる。
今回は、トンネルを溶着させてるスポット部左右(青○の箇所)が出し切れないのと、テールブラケットで隠れる箇所だが腐食して穴が空いた所(赤○の箇所)にロウ付けして対処する。

その後、ブラケットシートを当てがってマーキングし、組立後でも見える箇所を重点的に板金補修正と全体の粗研磨をし 後の作業をメッキ屋へと委ねる。

で、メッキが仕上がった画像となるが、錆の深かった箇所は まだ若干粒々が確認できてしまうが元の状態を踏まえると妥協点でもある。
画像では映り込みでよく分からないだろうが、K0用のフェンダーに拘りがあれば、それらは痘痕もエクボとなるだろうか(笑) 

今回のフェンダーもCB750Four専門店からの依頼であったが、ワタシ自身は過去に何台ものナナハンを仕上げた中で、前後のフェンダーを新品に交換した事は一度も無い。
なぜなら、新品を買うより板金+メッキ代の方が安上がりだし、品物に拘れるのが一番であるからだ♪
 
2008-04-25(Fri)

ファクトリーカラーに塗ろう♪

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来週の火曜日に ツインリンクもてぎで「2008 2&4@グッドオールデイズ EAST」なるイベントが行われ、そのスポーツ走行に参加予定をしている。
今年で2回目のイベントだが、今回は前回参加された方に誘われる形で 初の参加申し込みをしてみた。
もちろん受理はされたが、いざ参加するにも 今までサーキットオンリーで使っていたヘルメットは10年ほど前に頂いた(汗)昭栄の「ガードナーレプリカ」なので、ホンダRCなども走るイベントへ向けてカラーリングも一新にしたいな!! と、この度 アライのアストロTRを新調してみた。

なぜ、このタイプのこのカラーを選んだのかと言うと、実はそれにも訳がある。
往年のファクトリーカラーへのペイントベースには都合が良いからだ。
前方でHの文字になりその二本のストライプが後ろまで通るので、それを妨げるダクトなどが無いからだ♪
 
本当は、このカラーで再現したかったのは、フルフェイスではなく昔のお椀型タイプのヘルメットで作りたかったのだが、なかなか腰が重いので、そんな計画で手に入れていた新品のクロムウェルも既に13年位は経ってるかな?(爆)

フルフェイスの方は、サーキットで実使用するので適当なペイントで済ませる為にベース色を赤のモノとした。
それは、そのベースの赤をストライプとして残し、ペイントするのをアイボリーだけで済ませると言う手抜きが出来るからだ♪
そんな訳で、全体に600番のペーパーで足付けをしマスキングしたらアイボリーを吹く!
同時にクロムウェルも全体を足付けしアイボリー一色にしておく。

フルフェイスは、マスキングを剥がしたら全体にフラットベースを混ぜたクリアーを被せペイント作業終了~!! って実に簡単(笑)

後日 クロムウェルの方は、アイボリーが乾いたらマスキング作業をして赤を吹く用意をする。

実は、ファクトリーカラーのお椀型ヘルメットは、ホンダでも創立50周年頃に限定販売された。
しかし当然ではあるが 実使用に耐えられる用に安全性の配慮されたベースを使用してる為、帽体が昔の様な細長いスタイルではない(悲) 飾りとしても格好良さのないモノは頂けない為に購入も見送った。

そんなホンダ純正のお椀ヘルも見送ったのだが、その後もなかなか今回のような機会が無いと起こせない位重い腰なので、この機会を逃すことなく乗っかった知人のオマケをもぅ一つ塗ってみる。
赤色は色見本がないので、以前CB72の輸出仕様で作ったスカーレットに少し濁りを入れて吹いた。
生乾きの内にマスキングを剥がす作業をする。

クロムウェルの方は、クリアコーティングしないで わざとアイボリーと赤には適度な段差を付けておく。
ってか、実際当時はクリアコートなどしてないと思われるのでしなかったのだ(笑)

てな訳で、塗ろう! と思い立ってから十数年経った計画も ほんの3日くらいで現実になった! しかも都合3個も出来上がるし♪(汗) 

先に言ったホンダ純正のファクトリー仕様お椀型ヘルメットに貼られてる「ホンダ」のステッカーは銀色であるが、今回のモノはあえてアイボリーとしてみた。
まぁ~洒落で仕上げたモノなので 細かいことは抜きにしましょ~!(笑) 

今回のストライプの太さ等を参考にしたのは「HONDA RACERS」って写真集の中から 高橋国光選手と島崎貞夫選手・谷口尚己選手の画像から。
因みに写ってるサインは直に頂いたもの。 他のライダーのサインも てんこ盛りで頂いてある宝物的写真集である♪
2008-04-23(Wed)

旅を感じる最大のアイテム

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連休が近づくと、一人旅が好きなダブワン乗りが遠出の準備にやって来た。
今回はスプロケットとチェンを交換しに来た。 スプロケットはノーマルの歯数でチェンもノンシールチェンなスタンダード強化タイプだ。
手持ちのスプロケットボルトロックワッシャも持参して交換した。

昭和46年型のカワサキ650W1S-Aになるが、オーナーとして10年目となる。
ワタシの所に遊びに来るようになった最初は、ホンダCB750F- Cから VF750Fへと乗り継いだ頃だったが、その頃は毎年の様に北海道ツーリングを楽しんでいた。

だが 当たり前に走って止まる現行車に飽きたらず、更に片岡義男の小説も好きだった事も手伝ってか ワタシが足に使っていた “未再生原型” 的な W1S-A を見ては欲しがっていた。
しかし「譲るよ!」と言っても先立つものがなかった為か、タイミング悪く人手に渡ってしまった後に悔やんでいた。


そんな事があってか余計に W1S-A が恋しくなり 隣町の 雑誌で名を馳せたバイク屋から不動状態のベース車を現状売りで購入し持ち込み 乗り出せるまでにしたが、運悪く一年足らずで コンロッドにカジリが発生したためロックしてしまった(爆)
その後、中古良品の650RS-W3 の腰下を換装し既に8年以上になるが、その後は大きなトラブルもなく気ままな一人旅が出来るようになった。


連休が少ない時は 新潟や山形方面を巡るが、盆休みや連休の多く取れる時は ここ数年、能登方面の散策がお気に入りで、それでも走り足りない時は、京都を経て鳥取~島根まで ぶらっと当てもない走りを楽しんでる。
その為に仕事も連休が取り易い職に就く程で、気ままなダブワン一人旅を満喫してるようだ。

近い将来は、以前ホンダで走りに行った北海道を このダブワンの吸排気音で感じたいとのことだ!

尚、この車輌に付けた燃料タンクも 以前ワタシが塗装したプロトタイプ仕様の塗り分けだが、本来のピンストライプは金色となるのを白へとアレンジした。
2008-04-21(Mon)

Vツイン 陸王


これは既に先週木曜日の話になる…。
カワサキ ダブワン系のリプロパーツの製作に意欲的な W1 クレージーズ の森さんが専務を務める埼玉のモリヒデオートサービスに足を運んだ。
ワンメーク W1クラブの“結城624”の会長からの誘いでもあったが、森さんからの仕事も受けてるのでその引き取りを兼ねる形となった。

本業である自動車修理業が済んでから会社に居残りしてダブワンの作業をこなすが、ここ最近は歳のせいもあってか就寝時間も早くなってる様で、遅くまで居残りする時間も少なくなってると言う。



今は自身が在庫していた W1S-A に新たな乗り手が着いたので、各部の仕上げ作業をされてる最中だった。

ゴム部品を中心にリプロダクションパーツを製作販売が主だが、車輌本体もかなりの台数を抱えていたので、それらを少し整理してる感じも見受けられた。
そんな中にはダブワン系だけではなく メグロスタミナや陸王など国産の重量車が少なくない。



こちらも長年ストックしていた車輌だが、つい先日20代の青年が それまで所有していたメグロジュニアに飽きたらず 譲って欲しいと懇願されたので、ナンバー&車検取得をしたばかりだと言う。
見た目とは裏腹に機関は好調だと、直ぐにエンジンを掛けてみせた。



昭和30年型 陸王RQ 750 “未再生原型” とのフレーズが当てはまるとも言えるヤレ具合を見せるが、決して大切にされてた感じは受けない。 しかしピカピカに再生するにはまだまだ惜しい程度である。
フロントフェンダー上部には陸王の側車用ランプが装着されてる。


 
陸王繋がりで こちらは、先日行った浅間記念館に常設展示してある昭和35年型 陸王RX750 で、初のOHVに踏み込んだが 試作のみで終わってしまった最後のVツイン。
普通はマフラー側からのショットが多いが、あえて逆側から画像に納めてみた。
 

2008-04-20(Sun)

いざ!聖地 浅間へ!!

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19日の出来事となるが… 昨日から続く強い雨は小康状態になったが、相変わらず強い風は朝方まで続いた。
別荘地のある北軽井沢に行く事により厚手の上着を用意して出発したが、途中4年ぶりのおもちゃと人形・自動車博物館に寄って楽しんだ♪(後日機会があったら少し記事にしたいとも思ってる。)頃には晴れ間も差し、予報気温を超すくらい暖かになり上着など全く要らないくらいだった。
その先水沢観音前を経由したが、伊香保界隈の桜は見事に満開であった♪♪ 嵐の去った好天だったので花見客で週末は混みそうな雰囲気でもあった。
 
話は進み残雪が解けるのは まだまだ先な感じもする浅間山を見ながら 鬼押出し浅間園へ続く真っ直ぐな長い坂道を上り 数年振りに浅間記念館に顔を出す。
既にアサマミーティングクラブの会員さん達が休館期間最後の車輌入れ換えの作業に忙しそうであった。

このような時でもないと目の当たりにすることも出来ない昭和34年型 ドリームスーパースポーツCR71。
ホンダがクラブマンレース用にドリームC71をベースにカムをギア駆動にしツインキャブを奢った市販レーサーであったが 僅か40台ほどしか生産しなかった、更には後に世に出た僅かな車輌をも回収した為 現存数が極めて少ない。
いきなりこんな場面に遭遇できたのは良かった♪

簡単な搬入手続きを済ませると、写真を撮るとのことでカメラマンの被写体となる。
スタッフさん達は、それを遠巻きに見てる(笑)


暫しスタッフ方々とナナニイ談義をしてから、展示台に移動させるが、その中でもリフトによる お立ち台に載せられる様で因り目立つ存在となって行った!!

毎年テーマを決めての展示となってるのだが、今年はホンダの CB系統をメインとすることで、ベンリースーパースポーツCB92から始まる各車種の入れ換えとなった様だ。
因みに CB72 だけでも各仕様を揃えて都合4台もの展示となる予定だ。

当時、浅間のコースを実際に走った貴重な車輌も当時の姿を彷彿させるべく リメイクされないままでの展示とされる。 
昭和32年の第2回浅間火山レースでセニアクラス優勝を遂げた メグロワークスのRZ や昭和33年の第一回クラブマンレースに出場したモナークF1 も、しかしその出走時は既にモナーク社は倒産して2年にもなるのでモナークの高性能さをアピール出来るも既に遅しであった。


今回の車輌展示に先立って、展示させて頂いてる品の様子を今回初めて見ることが出来た♪
第一回の浅間高原レースから日本に於ける主要なレースでのトロフィーや記念品の数々がガラス越しに見ることが出来る。
そんな中の一品は ワタシが個人的に温存していても仕方がないので、此処で興味を持った方々の目に留まる方が幸せかな?とも思える。

入館後程なくして雨が降り帰宅するまで小雨が続いたが、天気予報も良い方に外れたのは全く運が良かった♪
 
浅間記念館を支える皆様、今後も何卒宜しくお願いします。
2008-04-19(Sat)

悪天候の中、出発の準備!

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この車輌を仕上げるにあたり、設定年式を初期モデルの昭和36年としたことで、手配しなければならない部品のハードルが高くなった。
その為に知ることになった各部の違いは、その後の他のナナニイを仕上げる為に大きく役立つこととなる。
頑固として初期型に拘る訳ではないし、全てを知るまでにも行かないが、造詣を深めることは気持ちにも余裕が持てる様になった。

しかし、モノには限度がありパーフェクトは難しく、この車輌に於いても詰めるべき所はまだまだある。
なかなか自身で納得出来る “レストア” への道は、ある意味険しくもある(汗)

タンクマークに至っても純正未使用品を入手し装着してるので、リプロパーツは使ってないとも言えるが、マフラーは当時の社外品の未使用品を装着した。
それは、ステーの作りがその後の純正部品よりも前期型のモデルに添ってる為にそうしたのだ。 その後 純正未使用の比較的初期モデルのマフラーを入手出来たが、片側だけなので保留してる状態である。
先日記したクランクの件も然りだ。

さて、本日19日午後は約束していたアサマ記念館への搬入となる。
先行き1年間は別荘暮らしとなるので、いつでも見られる訳にはゆかないが保管管理は万全だろうから安心出来る♪
現在はアサマミーティングクラブの会員ではないが、会員時代の過去には「ホンダ C型」「ベルギー ホンダ C310」「ドゥカティ 750GT」等を展示させて頂いた事もあった。
数年前からも第1回浅間高原レース時代の一品もケース内に保管展示されてるが、まだ見ぬ それを見られるのも楽しみでもある♪

さて、これからトランポに載せて出発の準備だ!!
2008-04-18(Fri)

ドリームCB72 覚え書き(後)

先日紹介した「ドリームスーパースポーツCB72 」の各部解説 の続きになります。

引き続きナナニイは良いけど、年式毎の違いなんてどぉでも良い!と思われる方はスルーして下さい(笑)



ハンドルグリップは昭和38年頃から CB92 と供用の格子柄になる。 更に 昭和41年頃から CB250~CB450~CB750Four 等と共通のスタイルに変更され、それらは現在でもセットで 1,000円足らずでメーカーから供給される。
画像の様な 粒々柄で<Honda>ロゴ入りは、デビュー時からならではのスタイル。

昭和39年頃から CB72 にもウインカーが標準装備されるが、それまではオプション設定となっていた。
もちろんこの車輌は、ウインカーもハンドルスイッチすらも装備しない仕様で仕上げた。



エアクリーナーからキャブレターへ向かうインシュレーターゴムを締め付けるバンドは最初期はビス止めのクランプ式を採用していたが、直ぐに画像のクリップ式になりその後コイル状の輪へと変遷して行った。
エキゾーストパイプは後期モデルの様な緩やかなモノではなく、スターターモーターとのクリアランスも最小限にカーブを描くスタイル。

ドリームのセルフスターターの標準装備は C71 からになるが、昭和36年モデルは スターターケーブルがメッシュに織り込んだ被服に覆われてる。
前側に踏み降ろすキックスターターは CB72 独特のスタイルだが、その為に一枚増やしたキックギアのメクラ蓋のゴムも初期モデルは黒ではなく灰色掛かったモノとなり、キック側のクランクケースカバーも水抜き穴に後のモデルとの違いを見せる。

キックペダルアームは初期モデルでは細く強度が保てない為に後に太く対策される。 現車のアームも仕上げ時に修正したが、程なくして華奢なアームは捩れを起こしクロームメッキもひび割れてしまってる(爆)
ブレーキペダルも後のモデルより短く、チェンジペダルのアームや リンケージの形状と アルミ鋳物のステップブラケットまで肉厚が薄く強度不足に因り、やはり間もなく各部の厚みが増されたモノへ変更されて行った。



ボルトオンの位置変更に因り 基本3パターンのポジション変更が出来る画期的なステップだが、発売一年待たずして タンデム時に 一番後ろへの変更が出来なくなった。 当初はスイングアームにタンデムステップを取り付ける為のボルト穴を設定していた。
リアブレーキパネルも最初期のモデルは、トルクリンクの位置に違いがあり、その為ブレーキケーブルが上方に向かって伸びるスタイルであったが、このモデルから変更になりケーブルは前方に向かうスタイルになる。
ブレーキアームの根本にグリスニップルを設置する名残が確認できるが、アームの取り付け方法も昭和38年までは6ミリボルトではなくセルフロックナットを使用したタイプであった。

トルクリンクもアルミの鋳物を採用していたが、昭和37頃には既にスチールのプレスタイプに変更された。
アクスルシャフトはスチール製でありながら、頭側から覗いて反対側の割ピンの穴からの明かりが確認できる中空タイプ。 後に頭だけ肉抜きされた非貫通シャフトになったが、更に後期モデルは頭の肉抜きさえされなくなった。
リアサスペンションは3段階調整式だが、ストッパーがL字型になってるのは初期型の特徴で、カバーも上下共にアルミ製である。


 
この車輌で最も入手するのが困難だったのは純正指定のブリヂストン製のユニバーサル タイヤであった。
消耗品であり他車との互換性もあることから使い尽くされた感じもしたが、最後の仕上げに運良く巡り会えた♪
 
当初のモデルは各ケーブルの色に統一性がなく、後ブレーキと速度・回転計ケーブルは黒で、その他のケーブルは銀色となる。
バックミラーは一文字ハンドルの場合は長いステーなのが特徴で、<HM>と松山製作所の刻印が入るのはもちろんだが、昭和37年からの C72/CBM72の場合アップハンドルの為にステーが短くなった。
後にアップハンドルの CBM72 を一文字ハンドルに替えた車輌等は、ミラーまでは替えずそのまま CBM72用を使い回した為 短いステーが災いし後ろを確認し辛くなったものだ。
 

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プロフィール

☆シルバー

Author:☆シルバー
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思いっ切り旧式でもないが、比較的古い物は好き♪ かと言ってアナログ主義でもない 必要以上に高性能を求めない。 ってか高性能は扱えきれないので…。

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