2015-04-11(Sat)

試運転から引渡しまで



連載で書いてきたハヤテ号の公道復帰作業から試運転~引渡しまでとなります。
 
ハヤロイドさんが持ち込んだ不動車も、製造年と眠らせていた期間とをトータル的に考えれば悪い個体ではないと思う。
何より大きな欠品がないのが良かった

タイヤも含めて足回りのダメージや、シートの痛みがないのは奇跡とも思える

そんな完成間近で修理が済んだタンクから速度計周りを望む画像



左手元のスイッチが赤く灯ってるが、これは方向指示器のスイッチで方向指示器の作動と同時に点滅する。
 
昭和32年当時で方向指示器が標準装備の車両は少数かと思うが、この車両に関しては後付けだろう。

速度計の手前に付いてるコンデンサーの様な小さな筒型の物は、これも後付けかと思われるがメーターの照明である。



左側方向指示器を作動させている状態だ。 フロントの方向指示器は橙色レンズだが、リアは画像の通り赤色レンズである。

夜間用の尾灯はヘッドライトのスイッチとは別回路にて尾灯ケースに直接スイッチが装着されてる。
そのトグルスイッチを挙げると点灯するのだが、この頃までの車両には珍しくない機構だ。

画像内の○印の箇所は、後付け機能であるが、当時としても安全面に配慮したモノだろう。
と言うのも、右側に付く赤灯はブレーキランプの補助となるが、実際のところ以下の画像を見れば、これが無ければ危ないと分かるだろう。


 
左側方向指示器も作動状態で紛らわしいが、尾灯が点灯してる状態でブレーキを掛けると、尾灯の直ぐ上にある三角形のブレーキランプが点灯する訳だが、この角度で見るから分かり易いが、実際には大きな補助灯が無いと分かりづらい感がある。

何故なら・・・
 


実際の走行状態で少し遠目で見る感じに低い角度で、今度は尾灯を消した状態でのブレーキランプは・・・・ 大きな補助灯が無ければ見落とす危険性も高くなる
 
この辺の後付けアイテムは、昨日今日付けられた様相でもないので公道を走るに安全面を考慮すれば取り外すまでもないだろう。
 

 
そしていよいよ本格的な試運転を行った

丁度
桜も咲きほこり始めた暖かな陽気の元、オーナーであるハヤロイドさんの体重を想定して、子供を乗せての試運転とする。
緩やかな登り道でもトップギアのままクラッチの滑りは感じられないので、出だしは上々



昭和32年型の(株)高木商会製造・ハヤテHO型 125cc 
当時のデータから 最高出力6.5HP/4,500 最高速度 75km/h 燃焼比率 55km/ℓ 

この試運転時でのガソリンと燃焼オイルの混合比は20:1にしたが、混合時に使用したオイルジョッキに少々残っていたエンジンオイルもあえて混ぜ込んでオイル濃度を高くしたために、高回転での吹け上がりにモタツキは感じた。
それでも二人乗りでのメーター読みは50km/hを余裕で上回ったので、オイル濃度を適正にさせれば速度計の針はデータ通りに指すことも安易な感じがした。
しかし、そこまで指すにはリスクも大きいが
 


 
昭和の寂びれた単車に、寂びれた風情の背景で
一枚。
 
最終試運転は10キロほどを二人乗りで走り切ったが、緩い登り道も難なくこなせたので良かった

いよいよ引渡しの連絡をしよう



引渡し時に、最後の手直しを行うのだが、それはバッテリーのブリーザーホースの抜け道がバッテリーボックスに見当たらないのだ。

新規に空ける必要があるのだが、所有者に了解を得てからにしようと、試運転時は液垂れがないようホースを丸めたままにしていた。
 

 

穴空けの了解を得てから適度な場所に穴を空けるが、この画像を見て今更ながら もぉ少し奥に空けた方が良かったかも
 と思えた



ともかく排出口が出来たので、ボックス内の腐食は抑えられるだろう。

かつてのボックス内に放出されていた名残だろう、白い粉ふきの跡もうかがえる。



いよいよオーナーであるハヤロイドさんの初乗りとなるが、変速機のパターンやスイッチ操作など注意点を伝え、白煙を吐きながら走り出す


数キロ走ったかどぉかだが好感触で戻ってきた

まだ何か問題が起こっても全く不思議ではないだろうし、昭和30年代初頭の交通事情を踏まえて設計されたこの車両の扱い方にも慣れが必要なので、それも楽しみと思えるようにならないと 何が良くてこのような車両を好んで所有するか分からなくなってしまうだろうが、その点も踏まえ充分嬉しんでいるように伺える



この引取りのタイミングでも天気予報では既に雨降りと予想されていたが、引渡し時には試運転をしてもらいたいとのことが伝わったかのように、雨の降り出しは随分と遅れがちになってくれた
 

引取りに来たクルマにのせたままでイベント会場まで行くとのことで、積み込む前に記念写真
を撮られてる様子である。
 
持ち込まれた時との見た目には大きな変化はないが、現状を維持すれば その外観の変化がないままでも何時でも乗り出せる状態になったのは大きな違いであろう。



2015-04-09(Thu)

長い眠りからの機能回復



ここのところハヤテ号の公道復帰作業を綴ってます。
 
ハヤロイドさんが持ち込まれる前から燃料タンクの問題は分かっていたことなので今更驚かないが、ハヤロイドさんがこの車両を入手してからの数ヶ月、同じモデルの部品取り車の情報もなく、現物修理の道を避けることは出来なかった。
 
燃料タンクの内部の1/3程は劣化したガソリンと腐ったタンクの素材でズッシリと重さがあったが、内部のサビ除去を大方済ませてからの状態を確認して、その先の進行を探る。


 

タンクの底側のフレームを逃がすパネルは、元来 別部品として溶接で接合されているが、その溶接痕に沿ってグラインダーで削り落とし、手さえも容易に入らない隙間で穴を塞ぐ作業はパネルごと新造することとする。
 

 
パネルを剥ぎ取ったことにより、天板や内部の状態は現わになり、その先の作業もやり易くなる。 

意外としぶといサビの付着を見るが、その箇所は混合の油分でよりこびり付きが強いようであった。


 
所有者の意向と車両全体の外観的バランスを崩さないよう、メッキの部分まで大きな手を加えないよう、その代わり黒色の塗装部分は大胆に切開することとした。


 
外側がメッキ部分となるが、天の川のような陽が差し込む穴の群れには、内部から銅板を当てハンダで塞ぐようにする。
 
5センチ程度の隙間でも、切開したことで進められる作業である。
面があまりに荒れてるので、ハンダも綺麗に延びてくれない
 
 
後方部分の切開した箇所もハンダを使い銅板で塞ぐが、これも溶接するには母材の板厚が薄くなった箇所も多いのと、60年近く経つ鋼板は枯れてるためにガス溶接などでは歪が出る恐れがあることを考えての作業だ。


 
銅板を当てた箇所を含めて、内部に残るサビをサンドブラストで除去する。

最終的に残るピンホールや溶接漏れの穴を塞ぐために、内部を樹脂コーティングする予定である。


 
底側の切開したパネルは貼替えすることで強度にも不安はなくなる


 
表面の銅板を当てた箇所はパテ整形し、黒塗りの箇所のみ綺麗になってしまうが、背に腹は変えられない。

このあとは、通常の塗装工程なのでコンスタントに進行して行くことになる


 

  
燃料タンクの進行は一段落したところで、クラッチの方へと作業を移す。

当初は装着されていたコルクで辛うじて粉砕してない箇所の厚みを計り、また たまたまその実寸と同じ厚みの天然コルク材が入手出来たのだが、切り出す直前にゲージに嵌め込まれた台形状のコルクを剥がして良く見ると、H型断面になってるではないか
 これはまさか一つ一つH型断面に加工して嵌めてる
 い~やそんなハズなんてない
 
 
素材を切り出す前に良くよく考えたら、何十年もクラッチスプリングでのテンションが掛けられて潰れた状態になってるのだ。 そんな潰れた実寸では役に立たないだろう
 
 
では、潰れる前の寸法は? と言ってもデータが無いので推測でしか分からない。
何種類か厚みの違うコルクを用意して、試してみるが実際のところは湿式クラッチなのでオイルに浸してある程度の時間経たないと分からないが、難しく考えても仕方ないので、見当をつけて試してみるしかない。


 
少なくとも、残っていたコルクの実寸よりは厚めの材料を使うが、結局は入手出来た天然コルクの材料では寸足らずなので、集成材でゲージに嵌める素材を切り出すことにした。
 

 
36箇所のゲージを全て埋め、クラッチカバーのパッキンも再度開けることを想定し余分に切り出し組み付け準備を進める。


 
経年で煮詰まったようなエンジンオイルも洗浄し、いよいよ蓋をするが、この光景は当分見ないで済むと良いな~
 と、勝手な期待感を膨らませてもみた


 
クラッチカバーを組立、空キックをすると悪くない感触である。
続けざまにクラッチレバーを握りキックを踏むと、尚更良い感じと言うか、当たり前に機能してる

まぁ~実際のところ、エンジンの駆動が後輪にシッカリ伝達出来なければ意味がないので、キックを踏んだ感触で喜んでいてはまだまだだ
 
燃料タンクの黒塗りと内部コーティングも済ませ、既にオーバーホール済みの燃料コックも装着段階に入り、着々と完成の方向には進んでるが・・・・。
実際のところ走ってナンボなので、これまた喜ぶにはまだまだである。


 
再び車体に組み戻された燃料タンクには、かつての指で押しただけでもペコペコした感触はない。
しかし、メッキ部の見た目は特に変わらずと言うより、サビ取り作業により浮いていたメッキが剥がれた箇所も増えたので、ヤレ感は若干促進されたように見えるだろう。
 
左ニーグリップ部の表面だけ見ると多くのピンホールが確認出来るが、そこは内部の銅板との二重構造なのでガソリン漏れの心配はないのが面白い。

即座に濃い目の混合ガソリンを給油後始動し、クラッチの感触を試すために数百メートル走ってみるが、クラッチの方は好感触だ

それと同時に走らせて分かった不具合箇所も露呈してきた。
 

 
スロット開度が少ない部分では、スロットルバルブの戻しスプリングのテンションも少ないせいか、エンジン回転の落ちが悪く、アイドリングに落ち着くまで何秒も掛かってしまう。
スロー走行の時など具合が悪いので、これではイケナイ
 スロットルケーブルの戻りが悪いのだと直感出来る。
 
当初注油して様子を見たが、イマイチなのでケーブルを新規制作することにし、装着品を取り外してみると “くの字” に折れ癖が付いた状態だった。

同じ長さで作り直し(アウターエンド&太鼓は使い回し)して装着しなおすと、思った通りスローへの落ち着きが素直になった

このあとは、本格的に公道試運転に向けて、ブレーキや電装関連の手直しも行うこととなるので、まだ続く。



2015-04-07(Tue)

50余年からの目覚め準備



先日久々にブログ更新した記事からの続きとなる。

ハヤロイドさんが持ち込んだ「ハヤテ号」の公道復活計画を進めるに当たり、復活のお披露目日を暫定で決めてあるので、果たせるかどぅかはさて置き、チョッとした目標があるのは やり甲斐もあるってもんだ



そんな前回からの続きとなる、燃料タンク内のサビ取り作業は続く。。。
 
燃料の注油口から覗いた、フレームを避けるパネルの状況
腐って穴が空いてるところは分かり易いが、穴は空かずとも肉厚が削がれたように喰われてる面積も少なくない
 

 
同じく注油口から角度を変えて見た、左ニーグリップ部の状況

腐りきった燃料の成れの果ては泥のようになり沈殿したのだろうが、沈殿物により意外と底板は酸化を免れ、残された液状のモノとの際は腐食も促進されたのだろう。

おそらく数十年もの間サイドスタンドで立たせての保管だったのだろうが、何故か左側面内部の状況が酷く、まるで天の川のような光景だ
 



座面に近く著しい腐食により大穴が空いた箇所から覗き込んだ状況

左側エンブレムの逃げから前方にかけての腐食穴も網の目のようになってる

この画像では薄サビが発生してる状態だが、ここまで持ってくるには、錆取り剤の投入⇒高圧洗浄を5,6回繰り返したのだが、その途中で効き目が薄くなる錆取り剤から新規投入しなおしたのは言うまでもない


 
再び、注油口から角度をシート側へと向けて見たところ
 
大穴が空いた面の隣面も網目のような状況で、風通しが良さそうになってる


 
タンク裏側(底側)から見た、フレームを逃がす面だが、せいぜい5~6センチ程度の幅しかないので、手が入るのがやっとのこと
 
まずは大方のサビを除去することは先決でもあるが、この次は これらの穴をどのような工程で塞ぐかを考えねば
 



 


燃料タンクの穴塞ぎをするだけで走らせることが出来る訳ではないので、同時進行でエンジン始動への作業も始めてる。

このハヤテ号は、全体のコンディションが良かったのが何よりも大きな幸運でもあるが、唯一として欠品がメインキーであった。
しかし、それも幸いして、ワタシの所有してる車両の中にキー番号が同じモノ(ツマミのプラスチック部分は欠損してるが
)があったのだ。
 
それはライラックの単気筒SY-1の再生ベース車であったが、年代が同じくらいなので、もしやと思ったらビンゴだった
 
差し込んでも当初は動きも渋く、騙しだましON⇔OFFを繰り返して、スムーズに作動するようになったら、今度はそのキーを元に複製品の制作に掛かる。
 

 
左サイドボックスと開けると、バッテリー(不在だが)&電装基盤が顔を出す。
 
変にイタズラされた形跡がないのは幸いではあるが、ナットやワッシャーが若干散乱してるのも正直言って気になった。
よく見ると、バッテリーが繋がるべき配線が見当たらないので、基盤に付く側から外して、それらを結線した箇所にあったナットを落としたままなのだろう!? と。。。


 
基盤を必要最小限で外し、裏側の状況を探るが・・・ 配線は表側だけの単純な構造なのが判明した
 
が、暫定的にバッテリーを結線しても残念なことに反応がない
 

 
繋いだ電源に反応がないことから辿ると、バッテリースイッチの導通がないことが分かり、汎用性の高そうな見てくれだったので調べて手配したら、60年近く前のモノとほぼ同じ作りのスイッチを入手することが出来た。
 

 
配線の取り回しも元のモノと同じようにし、機能確認すると当たり前のように導通してくれる
 

 
スイッチ一つ、ネジ一つにもメーカーの特色を出していた昭和30年代初頭のバイクメーカーも多い中、こんな時は汎用品を使われるのは、そして現代でも容易に入手出来るのはとても良い事に思えてならない。

強いて言えば、回り止めの刻みが180度違う程度で、その他の違いは見当たらないほどだ

画像にはないが、キャブレターのオーバーホールや、点火系の点検確認を経て、2ストオイルを濃い目にした燃料を直に投入しエンジン始動には成功するのであった。
 

 
エンジン始動で、腰上の状況には良い感触を得てはいたが、反面クラッチが切れない状態も再確認することとなった。

クラッチが繋がったまま切れなくとも、お披露目となるイベントでの始動には問題ないが、クラッチの状況確認でフリクションディスクがバラバラになっては、その後仮組みしても今度はクラッチが繋がらないのでエンジン始動は不可能になる。
 
ワタシ自身、ガスデンエンジンのクラッチ修理は初となるのだが、構造的な問題は感じなくとも、ダメな部品の手配には大きな不安があるので、正直言って腐って穴空きまくりのタンクの修理より荷は重く感じた。 
 
その点をオーナーであるハヤロイドさんと相談した上で、ダメ元で着手してくれとの了解を得ることとなるが・・・


 
50余年もの間 放置状態となったエンジン内部は、想定内のモノでもあるが、沈殿して濃度が濃くなったかのエンジンオイルに浸された箇所と、意外に結露の影響を受けてない綺麗な箇所が相対的でもある。
 

 
クラッチハウジングを留めるセンターボルトは特殊ナットであり、逆ネジでもあった。
 
ニードルローラーベアリングを奢られてるのが意外でもあった。
さてこれからが問題のフリクションディスクとなる。
 

 
時代的にコルクを利用してるであろうとは思ってはいたが、案の定である。
そして、そのコルクはクラッチディスクに貼り付いてバラバラになってしまったのも、また想定していたことだが、、、
 

 
フリクションディスクは3枚使用され、それぞれに12箇所のコルクが組み込まれた形態となるが、それも見たところ巷でよく見る集成材ではなく天然コルクを採用してある。

それはその当時の流通に関係してるのか、もしくは集成材の精度が悪かったのかは不明だが、当時の50ccクラスのガスデンエンジンを利用してる車両のパーツリストを見ると、填め込むコルク材一点ずつのパーツ番号などなく、既に填め込んであるクラッチフリクションディスクでの品番設定になってる。

そのことからメーカーから部品供給を受けられた60年近く前の頃でも、構造は若干違えど現代と同じように組み換え作業を行って済ませられたのだろうが。。。 今となっては昔話であり、そんなコンプリート部品など無い現状を打破するには、素直にコルクを填め込むことの準備をせねばなるまい。

逆に考えれば、コルクを填めて済むなら大袈裟なことでもないのだろう
 
部品取りどころか、他に同じメーカーの車両も見たことないレベルの弱小メーカーの車両を弄るのは、なんとも旧車らしい作業になってきてる感がある。

さて、今後の展開でまとまることが出来るのか、お披露目は先延ばしにせざるを得ないほどにイベントの日は迫ってるが




2013-10-19(Sat)

メグロの戦前型

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2013-10-06(Sun)

いよいよ積み込みして、出発!!


イベント当日の朝となりました。
会場入りの時間の関係で、これから出発予定ですが、生憎の雨模様です
 

 
会場の天候が心配です、自走参加の方々はツライでしようね
 
  
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プロフィール

☆シルバー

Author:☆シルバー
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思いっ切り旧式でもないが、比較的古い物は好き♪ かと言ってアナログ主義でもない 必要以上に高性能を求めない。 ってか高性能は扱えきれないので…。

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